| 2014/01/29(Wed) 18:43:45 編集(投稿者) 2011/07/05(Tue) 15:53:51 編集(投稿者)
完成品への解放
「魔法弓具の中に未登録の成功要素欄を作りましょう。」 「はぁ。」 「要するにですね。魔法弓具のマウントの中身が専門用語たっぷりの成功要素しかなくて、使いこなせるのに個人差があるんです。」 「すまん、何を言っているかまったくわからへんねん。」 「(あ、Aの魔法陣未プレイの人か!)」
/*/
試作品が抱えるもうひとつの問題は、極端な個人差であった。 弓術と詠唱のどちらにも優秀な成績を収めていても、魔法弓具の運用においては他よりも劣る――そんなケースが少なからず存在するのだ。 これについて、長く個別に対処されてきたが、魔法弓手が増加し、データをより多くの統計として集めることができるようになって、 驚くべきことがわかった。 それは、一人の研究者が感じた、非常に扱いの巧みな者達や、あるいは起動すらできない者達のそれぞれに共通して感じる違和感が始まりであった。 身体能力もばらばらで、顔も嗜好も違うのだが、何かが近いような雰囲気を感じ取ったらしい。 その違和感を元に詳細なアンケートを行った結果、彼らにひとつだけ共通するものがあった。 それが、彼らの得意な詠唱魔法の種類であった。詠唱魔法には属性や利用法が多々あるが、魔法弓具の扱いが非常に上手なもの、あるいは得意でないものには、 それぞれ得意な魔法の傾向が存在していることが分かった。
魔法や精霊についての造詣があるクレールは、これを個人の持つ属性や、波長・波形のようなものと考えた。 例えるなら、道の途中の水溜りをどう濡れずにわたるか、というようなものだ。道の途中の水溜りに対して人は、どこからか木片を持ってきて橋を作る者もいれば、上着をかぶせる者もあり、飛び越えたりや迂回をする者もいる。 もう少し実際の表現形に近づけて分かりやすく言えば、同じ魔法を発動させるにも、一人ひとりの詠唱中の声の波形は同一ではない。トーンは揃えるかもしれないが、完全に同じ声を出すことは不可能だ。極端なものでは、詠唱文の接続詞や、漢字の読みが違うケースだってある。(『永遠に』を、「とわに」と読むか、「えいえんに」と読むか、といった感じである) たとえそうであっても、同じように学んできたものであれば、魔法を行使することはできる。本来の魔法はすべからくそういった差異を許容する冗長性を持つものである。 しかしネコノツメ自身はその冗長性を受け入れず、完全なトレースを要求するのであった。 そのような性質を持つ理由はいくつか考えられた。開発途中ゆえに基準となるものに完全に沿う必要があったのかもしれない。あるいは、元来焦点具・魔法兵器とはそういうもので、ネコノツメほど発動を細かく補助するものが開発されなかったから気づかなかったのかもしれない。 だが、開発側からすれば、いくつかの理由のどれが正しいのかまで考える必要はなかった。それが問題であるならば、すべてに対処して完成に近づければよいのだ。 まだこれは開発途中の品なのだから。
この解決にあたり、はっぷん技師とクレールは、ある点に着目した。 ――魔法には冗長性があるが、ネコノツメにはない。 ――ネコノツメに込める魔法には冗長性があるのだから、 ――そうだ。ネコノツメの機構ではなく、術式を調整しよう。
そうして、ネコノツメは再解析が行われ、組み込まれている術式のみを抽出し、最適化して不要な条件付けを整理した。 さらに、暴走しないように慎重に、術式の空白地帯とでも呼ぶべきものを作ることにしたのである。 それは、術者が弓具に力を合わせるのではなく弓具が術者に適応するためのものである。 この空白地帯に、使用者が半ば無意識に個人の特性に応じた完成のための術式を入力することで、自動的な最適化を果たそうというものである。
それは例えるなら国語の文章問題のようなもので、文中の接続詞を空欄にして「ここにあてはまる語句を答えよ」というようなものである。 単語力によっていくつも答えをいれることができるが、前後の文脈を解する国語力と知識がなければ正しい種類の答えを入れることはできない。 正しい種類の答えを入れれば使用者の個性を反映したオリジナルの文章が完成し、かつ意味が通ることで魔法は発動する。逆に間違えれば、魔法は発動しない。 この試みはマジックアンバーの組み込みによる基本性能の向上も相まって非常にうまくいった。 個人の得意な魔法の傾向によらず、技量が十分であれば最低限の機能として魔法の矢を作ることができるようになったのである。
そしてこの空白化は二つの副次的な効果をもたらすことになった。
ひとつは、魔法弓具のセキュリティの向上である。 術式の空白地帯を使用者は自身の個性に沿った形で埋める。が、そのとき、空白地帯を埋められた魔法弓具はその状態が固定され、所有者が作った経路でしか術式を起動させることはできなくなるのだ。 整備用の動かし方や再起動して設定をリセットする手法もあるが、前者は戦闘に足りる出力は出ず、後者は空白地帯を埋めた所有者が魔法使いの助力のもと特殊な儀式を行う必要がある。 それでいて、魔法弓手に渡されるまでは、兵器管理主任が暫定的に空白を埋めるため、保管される品を奪取しても兵器としての悪用は不可能になる。 これによって、魔法弓具を盗難されて悪用されるといった事態が回避できるようになったのだ。
そしてもうひとつは特殊機能の追加である。 これまではただ魔法の矢を射出するだけであったところを、個人の得意な傾向で術式を補足構築することで、魔法の矢に特性を持たせることができるようになったのだ。 たとえば失せ物探しの魔法が得意な人であればホーミング機能の追加、明かりの魔法が得意な人であれば照明弾化などである。 とはいえ、それぞれの魔法弓具の容量に違いがあるわけではなく、得意な傾向によって攻撃力が大きく変化する、といったことは稀である。 この特殊機能の追加とほぼ同じものとして、個人個人で二層構造の魔法陣の位置や使い方が変化する者もある。 例をあげれば、円形魔法陣が片目に現れてスコープモノクルのように狙いをつけたり、矢筒の位置に現れて矢を抜き取る所作で魔力を伝達させるかのようにしている。
そのため、魔法弓手部隊の光景は一見してそろっていないようにも見えるだろう。 マーチボウという、軍用弓の名前にそぐわない光景である。
だが、その実射撃戦では見事な協調を見せており、さながら自由の中の調和、共に和して猫の旗に栄光をという共和国の国是を体現しているのかもしれない。
|