| るしにゃん王国の陸軍兵站システムの開発において、輸送能力の確保については逆接の言葉の連続であったといえる。 なぜなら低物理域特化を誇るるしにゃん王国には、システム開発における大問題があった。 補給の要である大量の物資を長距離輸送する方法が、ない。
馬車があるというような国家設定もなく、エルフは徒歩で歩くという文化がそのまま残っていると考えられている。 科学技術の導入もないため車両やエンジン航空機などの輸送機械もないし、 隣人のトラリスを使役獣のように扱うわけにもいかない。
兵站システムとは遠征地の軍隊が継戦可能なようにするためのシステムであるため、遠距離輸送手段は必須である。 つまり、るしにゃん王国の陸軍兵站システムはそもそもの大前提の時点で頓挫してしまっていたのだった。
システム開発を決定したはいいけどどうするのこれ、と戦略ミスを軍部は多いに悩んだ。 そもそもにして、るしにゃん王国に正しい形で近代の技術や兵器を導入することは不可能に近い。 私達の生き方に則した新しい技術のあり様を研究しなくてはいけないという点で、 既存の技術であるにも関わらず、見たこともない新技術の開発に等しい難問が王国の技術開発者達に課せられたのであった。
しかし兵站システムの開発が始まったころは魔法排斥の流れが強く、技術らしい輸送技術の開発は難しかった。 そこで開発者は一つのどんでん返し、正確には開き直りに近い結論を導きだすにいたる。 「輸送機がないのなら、輸送機を借りればいいじゃない。」
兵站物資の長距離輸送が必要なほど遠征をする場合、それをるしにゃん王国1国だけが行うことはまずない。 間違いなくFEGなどの技術ある聯合国との共同出兵になる。 であるならば、自国の細いラインを作るよりは、他国の太いラインを借りるほうが効率的ではないだろうか? そう考えた結果、開発担当は輸送力の確保をまるまる放棄して、物資を収納する輸送コンテナの統一規格化に着手した。 他国の輸送ラインを借りる場合、気をつけなくてはいけないのは他国の規格との衝突だ。 当たり前ながら、輸送機の扉より大きかったり、他国のコンテナを邪魔する形状は輸送力を借りる我々の失礼になる。 そうして数々の輸送機のスペックを取り寄せ、比較し、計算を重ねることでコンテナは作られた。 森国人らしいスタイルとして、木製の箱は金属を一切使わずに組み立てられている。 その金属の一切を廃した形は、輸送方法さえ選べば全物理域に対応することができるという素敵な副次効果を与えていた。 あとは編成・行軍の際に交渉を行い、輸送量の空きを貰い受ければよい。 以上の準備によってひとまずの輸送システムの構築を得て、技術開発は次の段階へと進むことになった。
しかしそれで輸送システム完成と言えるほど、世間は甘くなかった。
補給物資の開発を進めたところ、王国独自の輸送手段の開発は避けえぬものとなってきた。 しかし、この段階に至った時期もなお魔法排斥の流れは続いていて、 この問題が解決するのは、国内の流れが変わる、実にT17になってからのことであった。
魔法に対する見方がが変わったのはT16のころからであったが、その頃はまだ技術の見直しがはじまったばかりで、 とても何かに利用するには難しい状況であった。 そして激動ののち、T17の国外交流が盛んな時期にきて、ようやくそのきっかけを得るに至る。
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/*/ とはいえ先述のとおり、いまのるしにゃん王国には人の代わりに物資を運ぶ技法はない。 着のみ着のまま、あるいは自らの膂力で運べる程度の荷物で何事も済ませる習慣があるからかもしれない。 それはそれで、旅装・兵装の開発前提として大いにるしにゃん王国を支える考え方だったが、今回はそういうわけにはいかない。 そこで考えられたのがるしにゃん王国の外の考え方の導入、すなわちゴロネコ藩国より学んだ白魔法の技法、中でもゴーレムの魔法であった。 人の魔法でのみ動く人形であれば、隣人たるトラリスや動物達を使役しなくてすむだけでなく、魔法という面でなら、セキュリティ面の確保がるしにゃん王国でも可能であるからだ。 こうして作られたゴーレムは、馬が食べるマメ科の草で編んだ手縄を触媒に藁で編んだ馬、藁馬であった。 藁で編んだ馬、藁馬とは長野〜東北方面で古くから作られる工芸品である。 藁馬は本来は神事に用いられるもので、地方によって多くの用いられ方があるが、概ね藁馬自身を神に捧げたり、供物などを引いて運ぶ役目のどちらかである。 るしにゃん王国では特に後者の役割を拡大し、兵站システムの輸送車の足として用いることにしたのである。 捧げ物と輸送の役目であるということを術式の根幹に組み込んでいるため、物理的にはもちろんのこと、魔法的にも攻撃能力は皆無だが、 輸送中の磨耗を防ぐ程度の防御力と、神様のものを奪おうとすれば天罰が下るのは当然ということから由来する、物資強奪などに対する防護能力が若干備えられている。 また、神様に捧げる馬、という側面は残るため、遠征から戻った際には武勲の奏上と共に感謝を込めて藁馬を焚き上げて神に捧げる儀式が執り行われる。 家に帰るまでが遠足、などとよく言うが、藁馬には、国を出て国に戻るまでが1つの魔法なのである。この強固な決まりがある故に、藁馬の操縦権を関係者以外が奪取して馬車ごとの強奪も難しくなっている。 さらにシンプルな術式構成を心がけられているため命令実行以外のアクションはできないが、馬は記憶力が高いという特性から、数は少ないが複数の命令を組み込んでおくことができる。 そのため先読みして行動命令と必要な魔力を入力しておくことで、御者が不在でも、魔力が尽きるか命令が完了するまでは動き続けることができる。 たとえば御者が休憩中でもしばらくなら動き続けるというわけだ。)
この、通称“藁馬馬車”の完成によってるしにゃん王国の陸軍兵站システムの開発は大規模な躍進を果たし、 これが完成へのチェックメイトをかけることになったのである。
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