| 2011/05/16(Mon) 22:53:02 編集(投稿者)
スイーツ・ショート・ストーリー01 イチゴJAM
デノミも終わった、3月のある日のこと。 今は休業中のアイテムショップ。その厨房に一人の女性の影があった。 家主のクレールである。 その目の前には、山ほどのイチゴが籠に盛られていた。
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「タイムセールだよ! 残りは6パック。6名様だけだよ!」 アイテムショップに通う道すがら、声が聞こえた。 今は事情により閉めているとはいえ、いつ必要になるかわからない。 そのため、散策や国の様子見も兼ねて、身分を隠して掃除に通っているのだった。
声の内容から察するに、何かを売っているようだ。 デノミ直後の不景気である。余り売れていないのかなと考えながら、 興味本位で足の向くまま声のほうに進んでいく。
その先は露天商だった。 その後ろは果樹園である。 きっと、果樹園からの収穫品をその場で販売しているのだろう。
「こんにちは。タイムセールの声が聞こえたけど、何を売っているの?」 「お、いらっしゃい。いや、イチゴが豊作でちょっとまだ捌ききれなくてね。いやぁ、好評だったんだがなかなかどうして量が…。」
みれば、小さな網籠に盛られたイチゴが20皿近くはあった。小粒だが、しっかり熟した鮮やかな赤い光を放っている。
「あらおいしそう。おいくらなの?」 「3皿で12新にゃんにゃんだよ。」
主婦の如く値段を聞いて目の光が鋭くなるクレール。いやなにもここでエーススイッチいれなくても。
(見た感じ、かなり質はよさそうなのかしら。本当なら1皿5〜6にゃんにゃんくらい、だとすると…。) 「どうかな? 御互い損はしないはずさ。」 「(かなりお得ね!)そうね、1パック買ったわ。」 「まいどあり! おいしくたべてくれよ!」
3皿を袋にまとめて、新しい貨幣と交換する。
「ええ。時間がかみ合ったらまた買いにきますね。がんばってください。」 「おう。またのおこしをお待ちしてますっ。」
お得な買い物をした。と振り向けば、ちらほらと人も見える。タイミングもよかったのかもしれない。 今日はラッキーデーね、ふふ、と足取りも軽やかにショップに向かうクレールだった。
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しかし、冷静に見極めたとはいえ衝動買いである。 3皿ぶんものイチゴ、即座に消費するアテも少ないことに気づいたのは、アイテムショップに到着してからだった。
(…イチゴのタルトとか、作ってみたいけど、時間がないのよね。)
掃除をしにきてる以上、余り調理に時間を割くわけにはいかない。 王宮まで持って帰ればいいのかもしれないが、衝動買いをツッコまれるのも恥ずかしい。 なんとかして、ここで片付けておきたかった。
「……よし。初めてだけどジャムを作ってみましょう。」
幸い、ショップには軽食を出せるよう業務用の調理器具が揃っている。 イチゴのヘタをとり、近くの川の水でよごれを洗い、大鍋に敷き詰める。 話によると、ここに砂糖を加えるだけで、何もせずとも煮詰められるほどの水気が出てくるというのだ。
(青菜に塩と同じ原理だと思うのだけど、本当かしら……。)
半信半疑のままイチゴの重さの6割ぐらいの大量の砂糖を上からかぶせ、かるくかきまぜてから埃が入らないようフタをする。
「これでよし…と。さ、お掃除お掃除。」
そうつぶやくと、手に持つさじをはたきに変え、彼女は厨房から姿を消した。
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数時間後、埃を落として厨房に戻ったクレールは鍋の中身に驚いた。 白い粉まみれだったイチゴは、魔法のごとく周囲に水気を呼び、赤い水に浸かっている。
「わ、すごい。お砂糖がジュースになってる。」 (いや、魔法じゃなくて単なる浸透圧的な減少なんだけど。でもこんなになるなんて。)
無意識にメタツッコミをしながら、小さく火を起こし、鍋にかける。 ここからは水気を飛ばしていく工程だ。溶け残りの砂糖を溶かし込んだところで、また手を休める。
「それじゃスタッフルームを整理してこようかな。」
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小1時間後、二階からぱたぱたと戻ってきたクレールは、さじを手に取る。
「アクをとる、ってきいたけど、どこがアクなのかしら。…全部泡よねぇ。」
肉料理のアクをイメージしていたクレールには、沸騰とアクの泡の区別がいまいちわからない。 とにかくさじを使って泡を別の器にとりわける。ある程度はシロップも一緒に取ってしまうが、 アクもイチゴの味が凝縮されているので、これはこれでスイーツの材料になる、らしい。 結局、一通り白い泡がなくなり、沸騰で出てくる泡だけになったと思われるところで、アクとりを止めた。
「こんなものかしら。アクシロップ(仮)はお砂糖代わりにお茶に入れて飲むことにしよっと。」
後は煮詰めるだけである。完成するときのために、ジャム用とアクシロップ用のビンを洗い、低温のオーブンで高温消毒を始める。 ここからも時間がかかる作業だが、ショップの掃除もまだ残っている。クレールは疲れを少々隠しながら、今度は庭の掃除に出かけた。
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日もすっかり暮れ、庭仕事の汚れを水浴びで落としたクレールはやや急ぎ足で厨房に戻る。
「す、すっかり忘れてた…。大丈夫かしら。」
幸い、こげついている様子もなく、そこそこに詰まっているようだった。 赤い海の中に浮かんでいた生のイチゴは透明なガラス細工のようになり、鍋の中に沈んでいる。
「わ、きれい……。でも、まだ水気がある……。量が多かったからかな。」
しばしの思案の後、王宮に宿泊許可願いの連絡をとってから、ビンにつめることにした。 鍋の中にレモンの絞り汁を加えてひとまわし。 火からおろしてオーブンからビンを取り出し、手早く移し変えてフタをする。 ビンもジャムも高温なので、フタをしてから冷えれば真空密閉にもなる。 幸い、水気は多いように思えたが、用意したビンで全て収めることができた。 あとは一晩かけて荒熱をとるだけ。
「明日の評価が楽しみね。 それじゃ、おやすみなさい。」
施錠を確認して、明かりを消し、2階のスタッフルームに上がると、彼女は夢の世界に消えた。
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翌日の王宮の昼下がり。書類を片付けながら近くのメイド猫士に話しかける。
「今日はティータイムをとりたいのだけど、余裕はありそう?」 「大丈夫ですにゃ。 にゃにを用意いたしましょう?」 「スコーンと、紅茶をおねがいできるかしら。お砂糖は用意しなくていいわ。」 「はいにゃ。じゃなくて、かしこかしこまりましたかしこー」 「(それは芸人のネタ……)」
そして。ジャムとシロップのビンが並ぶティータイム。
「一緒に食べましょう? ちょっと甘いものを作ってみたから食べてみてほしいの。」 「ありがとうございますにゃ。ごしょうばんにあずかりますにゃ。」
スコーンにジャム。紅茶にシロップ。スプーンとスプーンが器とビンの間で踊る。 そうして出来る、テーブルの上の赤と黄。赤と紅。
「あまい!」 「おいしい!」
ちょっとした幸せのある風景だった。
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